山猫島

we didn't mean to go to sea.

蓋をし忘れる

私は両方の目じりに小さな泣きぼくろがある。気づいたのは最近。
小さい頃、私はよく泣く子だった。兄と喧嘩しては泣き、自分の思うとおりにしてくれないと泣き、とにかく一日一回は泣いていた。大声を上げて、涙を沢山流して、ワーワー泣いていた。
学校に行かなくなった日も、母にしがみついて泣いた。母のおなかに頭を押し付けて、ただ同じ言葉を叫び続けた。
その頃からか、泣いても人前では声を出さなくなった。いや、声が出せなくなった時に泣くようになった。
身体の中で、感情と言葉の断片がものすごい勢いで増殖し膨れ上がり、その膨圧に耐え切れない身体は制御不能となり、ただ硬直する。そんな時、出口を求めた嵐は、眼から涙として溢れ出てきた。短くせわしない呼吸を繰り返す口は、それを止めることも意味づけることもできなかった。
人前で涙を見せることを悔しいと、感情に屈する姿をさらすのが悔しいと思うようになったのはいつだろうか。何時からか、嵐から逃れようと、膨れ上がる前に押さえつけることを自分に課すようになっていた。その場から逃げてでも。想わなければ始まらない、感じなければ膨らまない。
そうして、人前で泣くことが少なくなり、1週間に1回、1ヶ月に1回、気づいたら一年で泣くことなど数えるほどになっていた。
なのに、最近、些細なことで頭の中がかき回され、痛みとともに目の奥が熱くなってくる。また駄目になっているのだ。
どうして蓋を忘れてしまうんだろう。